そういえば

世界、ヒトの行き先に興味があります

死なないから生きるしかない

 シェークスピアと私はどれだけ違うのか。すべての人間はありえたかもしれない他者としてお互い存在しているように思う。過去も未来も言葉として存在するだけで、何もこの世界を表すことはできず、直線的なイメージはヒトにとって補助的に助かるもので、またそうやって世界を落とし込んでやっとヒトは思考を整理できるのだから、そうしたイメージを使いやすいんだろうなと思っている。

 義務教育にどんな意味があったろう?中学では同じ問題集を繰り返し解き、テストで満点を取って満足した。高校に入って今までの努力では成績を維持することができないと実感して、ただ環境や黙々と勉強する習慣が自分を助けていたのだと知った。どうして勉強することを続けられたのだろう、たぶん優越感があったからだ。自分は人より勉強ができるという一点で気持ちが安定していたし、学校や部活の人間関係の方にとても悩んでいた気がする。高校に入って上には上がいると知り、途端になぜ勉強しているのかが分からなくなった。何となく点数が高い方が嬉しいという理由でとりあえず勉強して、でもバツばかりのノートを見て嫌になり適当に勉強していたら、みるみる成績が下がった。何だかんだで国立大学に入学したものの、このまま一日の大半を勉強に使い、どこか会社に入って一日の大半を仕事に使い、そうして死ぬのだろうか。

 大学4年の途中で休学した。就職活動でやりたいことを問い詰めた結果、ない気がした。研究室も先輩の話もどうでもよくなり、下宿先に引きこもって朝から晩まで寝たり、ゲームしたりした。私は本とゲームがずっと好きだった。違う誰かになれたし、誰かに憧れられたし、嘘がない気がした。私が私でなければならない理由なんてどこにあるのだろう?しかし私が私でなかったら、私はいったい何なのだろう?

 あまりの身軽さにどんどん生きている意味が分からなくなり、実家に戻って泣いている親の姿を見て、私は荷物を背負える嬉しさを感じたに違いない。誰かに必要とされることが嬉しくて、あ、自分は結局死ぬことはないんだろうなと思った。何かに惹かれることも、誰かに釣られて笑うこともするから、どこまで行っても中途半端でしかない。もう何もしたくない、確かに。世界がどうしてあるのかはきっとずっと分からないし、自分という存在がとても儚いものだと感じるし、そんなものの中で生きて死ぬだろうことにもういいやという気持ちがしている。誰かと話すことに感情を持つことで穏やかに眠ることがあっても、電車の中から見る流れていく風景をきれいだと思っても、結局全部、分からないのだ。そんな無力感の中で、でも死ぬこともせず、だから誰かとの繋がりを欲しながら生きて行くのだろう。

#「迷い」と「決断」

りっすん×はてなブログ特別お題キャンペーン〜りっすんブログコンテスト2019「迷い」と「決断」〜
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メタマジックゲーム(随時更新)

 

メタマジック・ゲーム―科学と芸術のジグソーパズル

メタマジック・ゲーム―科学と芸術のジグソーパズル

  • 作者: ダグラス・R.ホフスタッター,Douglas R. Hofstadter,竹内郁雄,片桐恭弘,斉藤康己
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 2005/10/01
  • メディア: 単行本
  • 購入: 5人 クリック: 47回
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  今これを読んでいます。長い!そして分厚い!図書館で借りながら見た目インテリすぎないかびくびくした。著者のD.R.ホフスタッターさんは物理学者だそうです。最も有名な著作はゲーテル、エッシャー、バッハだと思うのですが、ぱらぱら読んで今の私には早い気がしてやめました。でも興味があったので、ある雑誌に掲載していたコラムをまとめたというこちらを読むことにしました。

 やっぱり興味の持つ本は、序文がおもしろいですね!?彼によると、本著が持つ多彩な題目は関連性がなさそうに見えるが、底にはある規則性があり、全部がその上に示される点のようなものだと言います。面白いと思いながら読めているので更新しながら感想をまとめます。

 I、錯綜としがらみ

 小テーマにも書かれている、自己言及について話しています。自己言及は、自分で何かを言うことを指すようです(感想や宣伝すべて)。私の理解力ではまとめることができないので他の方の感想記事をぜひ拝見してみてください。

 Ⅱ、センスと社会

 小テーマ、「衝突する世界観=真理はイノチを捨てて生きていく」という言葉の集合がかっこよすぎてにやけました。語尾にビックリマークがあると無条件で大事そうに見える!のはなぜだろう。どうしてありえない科学を信じてしまうのか。ホフスタッターさんは、真理を見分ける能力は常識であると言います。それは人類が持って生まれた能力で、ある状況に遭遇した際に何をもって判断するのか、という必然的に訓練される力を指すと思います。そこでは常識という多くの人々の間で共有されている事柄があり、それを運用し、また身に付けては運用し......の繰り返しにより、私たちは何層にも積み上げられた常識の層の中で生活することになります。よって、科学が新たに発見した何かは、ある層の常識を身に付けた人たちがさらにそういった分野で身に付けた常識の層から成り、そうして積みあがったものは大多数の常識から外れてしまうわけです。(本文中では、相対論や量子力学も基礎の常識からすれば非常識に見える、と書かれています)よって真理と呼ばれるようなものは、時として何回も繰り返され、日常に溶け込むまでに長い時期がかかるのでしょう。またオカルトや疑似科学のどこまでが信念や知覚によるもので、どこからが世界に根差すものなのかを見極めるのはとても難しい、と言っているに感じました。

 次の小テーマ、「数音痴、数不感症は文盲と同じ」について。突然ですが皆さん、ラウンドワンの年間来場者数は何人だと思いますか?答えは以下に載せますが、私は50万人と答えて、前日に読んだこの小テーマに当てはまりすぎて仏になりました。

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4500万人だそうです

0が何個までなら私たちは体感的に感じられるかといえば、7個ぐらいで段々おぼつかなくなる感じでしょうか。100,000人といえば中小都市の人口、10,000,000人といえば大都市の人口ぐらいだそうです。そういうことにもあやふやな私は、だから新聞で「〇〇円で買収」とか、国の決算書(

https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/account/fy2017/yosannkessannhikakuhyou.pdf

)を見ても全く実感が沸かないんですね......

 どうしたらいいのかについて、自分なりに問題を考えて、推測して、結果を見る、と書いてあって、練習の例が載っています。

 国会図書館には何冊本があるのか?

 地球上で一日に何人の人が死ぬか?

 あなたの髪の伸びる速度は?

 他にもたくさん例がありますが、こうした数字に対する適切な感度を持つことは、世界を正しく見るためにもとても大事なんだなと痛感します。おい学校!!(大事さが分かったなら自分でがんばれ)

 次の小テーマ、 「あなたの文章や思考を支配する暗黙の前提」。突然ですが質問です。野球場へ向かう途中、父と子の乗った車がエンストしました。そこへトラックがぶつかり、父は即死でしたが息子はまだ息があり、危篤状態で病院に運ばれます。手術室に入り、熟練の外科医が準備を終えて入って来ました。しかし少年の顔を見るなり顔が真っ青になり、「手術は無理です、これは私の息子です......」と呟やきました。

 これはどういうことだろう?以下に答えを載せるが、それを見て憤慨した方がいたらごめんなさい。

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この場合、暗黙の前提として外科医は男性である、という常識が働いているだろう。私たちが頭の中で具体的に思い浮かべるために登場人物に外観を与える場合、無意識に適用している前提、この章では男性か女性、どうしたらどちらかに偏ることなく相手に示すことができるだろうか、という著者の試みの記録が書かれている。

彼女は頭が悪いから

 表紙、イチゴのようなものを差し出す男の子に、両手で受け取ろうとしている女の子。男の子の横顔は無表情だ。彼は何を思って差し出しているのだろうか。二人は目を合わせながら、女の子は微笑んでいるようにも見える。

 限られた時間の中で極限に突き詰めるには、人間性を変える必要があるだろう。東大に入るためには、何かを引き換えにする必要のある人の方が多いと勝手に思っていて、それは大抵、時間の気がする。本著に出てくる、引っ掛かりが多い心では、些細なことにも気持ちが行くので集中ができない、とか、人の気持ちを察してしまう奴は遅れる、といった言葉は、突き詰める物事の種類によっては持つようになる性質だと思う。本著によれば東大の受験問題は、素早く組み合わせて多く問題数を解く、だ。

 これを読んでいて、主人公の美咲と好きな相手であるつばさの考え方が根本的に違うと思い知らされる。悲しいと思ったのは、こうした思考の傾向を生むことに、確かな日本の教育の影響があるからだと、自分で思ったからだろう。だからこれは防ぐのがとても難しいことなんだと思った。どうして学歴のある男性は女性よりモテるのだろう(この質問は時代遅れなのだろうか?)女性は男性に守られたいのだろうか?(どうしてそうんな質問が出るのだろうか、女性のほうが柔らかくて小柄な体を持っているから?)

 これ、東大に限らず、すごい経歴の人とそうでない人の間で起こることというか、そんな感じがする。

 男性を騙す女性もいて、女性を騙す男性もいるから、もうそんな感じなんだろうなと思うけど、騙そうとしない人が、そんな出来事に巻き込まれて、そういう人が、一番大変な思いをしやすいことが、とても悲しい。

 

彼女は頭が悪いから

彼女は頭が悪いから

 

 

興味のあることを今すぐ始めないのは逃げだ

 アドセンスやめました。書くことの方向性やらテーマやら読者の想定やら何も考えずにやるのは、ほんとに身の程知らずです。ただ、書きたいことは書くし、もう好き勝手やろうと思います。もちろんマナーは守れるように頑張ります。

 興味のあること全部やりたいです。小説も書きたいし、音楽も作ってみたいし、でも書こうと思うと色々読んだり、日常の中で常に目を輝かせることとか、日常の一コマが映画のワンシーンに全部なるとか、人と話すのがとても楽しくなるし、というかそうならないと何も生まれないのだなと感じます。音楽も、主旋律やリードメロディーしか聞こえないーーと言っている暇があるなら本当に聞きたいんならもう黙って耳済ませます。何回も聞いてるとベースとか聞こえてきてやべえとなりました。

 ところで人工知能にも興味があります。機械学習とディープランニングの違い調べてほえーーとなって程度ですがオライリーさんの本をパラパラしながらやってみようと思います。自然言語処理に興味があります。いつかアイアンマンみたいにAIのパートナー作ってにやにやしたいです。すごくないですか、世界?どうしてあるのか、こうしてブラックホールがあるとか時が一瞬で変わるとか四次元空間とか、意味が分からないです数学ではn次元まであるけど3次元までしか分からんよちくしょう(分かると言っても体感だけだし)

 またビジネスにも興味があります。生涯年収いい方で3億行かないぐらい、それもいいですが回るようなビジネスを作られたら世界が新しく見えそうです。もっと勉強しなきゃ、そしてやらなきゃ、すごい人に弟子入りしなきゃと思います。

 最後に、世界と人に興味があります。世界の行く末や人間の世界への歩みが気になります。私は知らないことを知りたくて勉強をしているのに、例えば物理なんかを分かってしまったら世界に馴染んでしまう気がして逆に分かりたくないと思ってしまいます。どうしてだろう?いつも世界を不思議ですごいものだと思うことと人間の英知の詰まった学問を両立するにはどうしたらいいのか、誰かにアドバイスをしてほしいぐらいです。

 世の中に対して言いたいことがあったはずが、書き出してみるとそんなになくて、そんな程度の自分かもしれないし、でもそれでいいのかもしれません。なんだかいつも自分はあほなんだと思います。こういうことが言えるのは贅沢なのかもしれません。国を追い出されてもないし、迫害やら人種軽蔑やらもされてないし、健全な家族がいるし周りの人も健康的だし、大概一般的な無意識レベルの偏見とか上から下までの中でも優良な人たちとばかり関わって来た気がします。でも世の中の誰も自分の一つの可能性でもあるとも思います(これは言葉で言うぐらいしかできませんが)いい所を見ればいい所が、悪い所を見れば悪い所が見えるんだなと思います。こうして何十年か生きてきて、これからもどこかまで生きて死ぬのでしょう。

欅 3rd yearアニラ東京やばい

 欅坂46アニラ日本武道館公演のセトリ人生かよ。

 かっこいい欅を全部詰め込んで、内省的な曲調からうずまく不信心から自分を信じたい鋭さから、でも人との交わりを無くすことはできず、その起伏を落とし込んだようなセットリスト!!

 ストーリーのようなものを感じさせ、そしてそれは紛れもなく欅である。どういう意味なんだろう?その真ん中にあるものが何かは分からないけど、一曲一曲がその側面を見せる。決まっている歌詞や振付とその時ごとに変化する表情や細部の動き、そのバランスが少しずつ違う。その繋がり、曲の順序で異なるけどある同じものを作っているように感じられる。

 欅は表題曲だけじゃなく、B面やアルバムの曲も同じように熱狂させられる所にあるが、どうしてなのかを考えてみると、内容が同等だから、という気がする。つまりどれもどれかの異なる解釈になり得るというか、繋がっている感じがするからというか、一人の人間が相手によって見せる一面が違うように。サイレントマジョリティーで自分らしく生きたいと願う気持ちや大人の言う通りにしていいのかという気持ちは、大人は信じてくれないのように不信感に繋がるだろうし、エキセントリックのように自分が思う自分でいればいいといった気持ちに繋がるだろうし、I'm outのようにでも自分だけで自分を満たそうとするとやって来る無力感を吐き捨てたくさせるのかもしれない。その根底には、一人でいたい気持ちもありつつ誰かと一緒にいることに臆病になってしまう自分がいて、そして自分から踏み出したいけど何だか踏みとどまってしまうといった像があって、そしてその像は今の時代において多くの人が持っているからウケているのではないのか。確かに日本の〇代だけなのかも分からないし、ただ今がたまたま主体性を大事ににしているような時代なのかもしれない。やすすは時代によって現れる人間性を捉えるのが本当にうまいと感じる。たぶんどこか頭がおかしくて、常におもしろいものを求め続けている点に関しては本当に次元が違うんだろうなと思う。

 このセトリで久々に見た君をもう探さない、東京タワーはどこから見える?についてすごく思ったことがあるんだけど、君をもう探さないは欅の色んな曲のひな型なんじゃないかと思うぐらい一番色々含んでる感じがして(アルバムの曲!)、東京タワーはどこから見える?の悟り感は欅一だと思ってる(これもアルバムの曲!)

 君をもう探さないの、フレーズごとに切り替わる多角的な見方、今思ったことを反対から自ら否定する感じ。やすすはただ風景を書くこと、その人物から見た風景の捉え方、その人物の頭の中、三人称からその人物を捉える、といった段落やフレーズを生成して、繋げ、組み合わせるのが本当に神的だと思うぐらいすっと心に入る時がある(私にとってこれは欅だった)。それが君をもう探さないで発揮されて過ぎてる。ひな型と言ったのは、それを聞くと別の曲浮かぶ感じがする。全体的に以下の曲が思い浮かぶけど、どちらかと言って分類しようとするのなら(こじつけな感じがしなくもないけど)Aメロはオトシン、サビは月スカやI'm out、AM1:27を思い出す、2番とラスサビはもう森を感じる。アンビバレントと君はもう探さないは双子だと思ってて、でも他の曲を感じさせる君はもう探さないの方がより大きな集合としてアンビバレントを包んでる感じがする。アンビバレントは自分の二面性についての曲だけど、君をもう探さないに出てくる、君と僕は君(少女)を見てる僕(他人)かもしれないし、君(少女)を見てる僕(少女自身)かもしれない。全体を通してどちらとも取れる感じがするのすごい。後者だと何となく避雷針と友だちそうな感じ。

 色々考えてたら、欅って、もう、という言葉と親和性が高い気がする。エキセントリック(もうそういうのうんざりなんだよ等)、語るなら未来を(もう失った人生なんて語るな)、もう森へ帰ろうか、君をもう探さない。もう、という言葉には欅の場合、やってみたけど、思ったように行かなかったというか、なんかその外に出ていきたいような、その原因がどんなものであろうと自分から動こうとしてる、感じがする。

 やすす(秋元康)は似たような曲を歌詞を書くけど、その多層的な積み重ねをする対象が人間の留まるところを知らない内面で、どんどん溢れて、しかもそれには限りはないのだ。(ある人のその時々の感情のグラデーションに関わる因子ってやば多くない?風景、人間関係、身体状態とか、予測できない身の回りの全ての事)とりあえずでも情景や心情や悟りをうまく繋げるのがめちゃくちゃうまいやすすからしたらこんな終わらないトピック、相性が良すぎる。 でもそれに飽きることってあるだろうか、私たちが。時代が変化したら、人の異なる内面性のようなものが表立ってきたら。それはあり得ると思う。ただ、今、欅を知れてすごく嬉しいし、推しメンも知れてすごく嬉しいから、もうそんなものなんだろうな。あんまり欅熱があると、逆にやすすの手のひらの上に見事に乗ってるな自分、とも思う。でも、それならメンバーは、運営はどうなんだろう。やすすだって、人間全体の手のひらの上に乗ってると思えなくもない気がする。だから、みんな相互で乗せてて、あれなんだか意味が分からなくなってきた。魔女狩りもキリスト教も、十何とか世紀のかえって悪化させそうな病気の治療法も、その時はそれが本物だと思ってたんだろう。自分というものがあるのかどうか、そう思うのは機械が脳を再現することをメディアでよく見かけるからだろうか(本当のとこは分からない、でも本当なんてあるのだろうか)。なんだかんだで自分なんてないというか、脳が体を統制するために作り出したものだと思ってるけど、だから欅が好きなのかもしれない。

 曲順と言えば、nobodyから二人セゾンに繋がるのがよく分からなくて、また東京タワーはどこから見える?からstudent danceに繋がるのもよく分からない。全部がストーリーである必要なんてないけど、繋がりが薄いということはそこを表すような曲が少ないということだから、開拓の余地がありそうだなと思った。

 

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  追記

 ある記事にて、二人セゾン時の灰色の衣装とモノクロの背景により退廃的なイメージを感じた、という文章を見て、なるほどと思いました。影絵のパフォーマンスからnobody、その後の二人セゾンで、どこかへ行ってしまった「君」に「僕」が思いを寄せて、記憶の中で二人でいた時間、その断片を繋ぎ合わせているような感じだろうか、と思うことができました。以下にてリンクを掲載させていただきます。著者の方へ、失礼します。

realsound.jp

 

自分ってどこにあるんだろう

 この前noteで、自分のやり方を一旦忘れて、本に書いてあることや誰かの言ったやり方を丸ごと受け入れると新しい視点が身に付く、のような文章を読んで、すごくいいなと思った。私は自分のやり方が何でうまくいかないのかについて知りたかったから、あんまりそういうことをしようと思えなかった。

 ある題で色んな立場からの意見を聞いた時、どれを覚えてどれに納得するのかはどうやって決まるのだろう、決めるのだろう。決まると決めるのバランスはどうなんだろう。そうして遡っていくと、最初は何も知らないから、ただ何かを聞いて、それを言ってる人の顔を見て、嬉しそうとか悲しそうとかで何となくそれをいいとか悪いものに分ける、のだろう。それを元にしてどの情報が自分に身に付いた考えに近いか、遠いかで物事を決めるのだろうか。さっき決まると決める、と言ったけど、言葉にするからより分かれてるように見えて、でも言葉にしない段階ではもっと混ざり合っているとも思う。だから、あんまり考えてもよくない時って、そういう時なのかな。

 人間の根底、それは何でできているのだろう。少ない知識から引っ張り出すと、遺伝子からしたら生きたいとか、群れたいとか、とにかく生存確率を上げるようなもの、その適用が旧石器時代ぐらいの方が合ってたかもしれなくて、だからもう暗闇もそんなに恐れなくていいじゃん、いやよくないか。動物と人っていう分け方がすごく嫌で、でも何でそう思うのか。それはヒトが余裕で他の生き物や環境を汚染してたり、自分たちを自分たちで苦しめたり、かと思えば貧しい人助けたり絶滅しそうな動物助けたり、どっちやねんと思うからだろうか。だから全然その大元が何なのか分からなくて、なんでこんなめんどくさいんだろうと思いながら、気の合う人と話すのを楽しんでる。結局そうんな感じで、マクロとミクロを一緒に考えようと思ってもどっちかに行っちゃって、そうじゃないと思考できないし、文字にするんなら尚更意味の繋がったものになるように頭の中で組み立てるし、そりゃ夢だって本当はどんな破片なのかも分からないよな。ピアノを弾く時、両手別々に動かしてる時の頭の中がどうなってるのかを、弾きながら思うけど、練習してたらなんかできるようになって、でも結局全然分からない。だから、自分なんてものはめちゃくちゃ曖昧で、ただやって来てそれに気付いて、意識しないとそれと一緒になっちゃって、それについて考えてることも忘れちゃうようなものなのかなと今の所思ってる

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